「アアナッテ、コウナッタ」~わたくしの履歴書~ 小池玲子ブログ

第10話 人生の落とし穴

2019.12.15

人は誰でも人生に一度や二度、挫折する経験があるのではないか。
 
試しに挫折の意味を辞書で引いてみると...
仕事や計画などが中途で失敗しダメになること。またそのため意欲・気力を失うこととあるが、私の場合は『落とし穴』と呼ぶことにする。
 
挫折は時代背景など、原因が自分にないものもある。
しかし私の場合は、原因が100%私なのだ。自分でせっせと穴を掘って、そしてその穴に落ちる。まさに「墓穴を掘る」の諺どうり、全て自分が原因を作っている。

私の人生最初の『落とし穴』は東京芸大受験であった。

初めての芸大受験に見事に落ちて私の浪人生活は始まった。残念だったが、あまり落ち込まなかった。なぜなら現役で最終選考まで残ったからだ。その頃芸術関係の国立大は東京、京都、金沢の三美大で、国立大の授業料の安さも原因して、かなりの激戦であった。当時東京芸大の工芸科の倍率は30~40倍、現役で受かるほうがおかしいと言われていたから。


予備校の友人たち作品の前で(残念ながら私は写ってません)

で、私は割と呑気な浪人生活を送った。
昼は予備校。暇を見つけては新宿の凮月堂というジャズ喫茶でジャズを聴いたりしていた。アートブレーキーとジャズメッセンジャーズが華やかなりし頃だった。また、青蛾という民家をそのまま喫茶店にした、なかなかお洒落な喫茶店が新宿の凮月堂のすぐ近くにあり、そこで一人本を読んで時を過ごした。


一浪したら入れるという妙な自信が私の中にあった。
が、ところがどっこい、人生とはそんなに甘くない。二浪してしまう。


月光荘のスケッチブック。この頃、浪人生の必需品だった。

その頃芸大の工芸の入学試験は、志望者が多いため、まず学科の試験で落としてから、実技の試験を行っていた。理由は実技試験をする場所がなかったからと聞いている。学科はとても易しかった。だがその易しさが落とし穴。易しいゆえほとんどの受験生が満点をとる、同点上に何百人も並んでいるので、一つでも間違えれば合格点の線引きからおちてしまう。
  

動物園で一日中スケッチをしてた。


姉や姪など動くものを手当たり次第スケッチした。その頃芸大の試験では鶏など動くものが出たりしたから。

  
毎日、毎日、デッサンやデザインの勉強をして、高校を卒業してから全く学科を勉強しなかった私は、ここで墓穴を掘ったのである。なんと一次試験の学科で落ちてしまったのだ。あんなに頑張って実技の腕を磨き十分自信があったのに、一本の線も描かぬうちに門前払いを食ったのだ。
 
 
まさに茫然自失。



自分を責めても責めきれない。これ以上の浪人を認めない父の厳命で、まだ試験が行われていなかった武蔵野美術短期大学を受け入学した。
 
自分で掘った穴に落ちた私。毎日が自分に対しての嫌悪感でどうしようもなかった。そんな私の支えとなったのは、阿部次郎の「三太郎の日記」であった。私はすべての救いをその中に求め貪り読んだ。学校への通学1時間半あまりの電車の中でひたすら本に集中したのだった。


当時夢中で読んだ「三太郎の日記」。最新版(内容は昔と同じ)をまた読んでみたくて買った。