「アアナッテ、コウナッタ」~わたくしの履歴書~ 小池玲子ブログ

第48話 ダブルクライアントの悲劇

2021.12.22

ダブルクライアント?
これは一つのコマーシャルが製作される時、それを承認するクライアントが2社あるという話。そこで起こるのがその2つの企業の文化的背景。広告に対する向き合い方の違いによる摩擦。
    
Vittelフランス産の天然水。問題はこの商品の輸入元がN社。国内販売元がS社であったこと。N社はコーヒーで有名な世界規模の企業。S社はお酒で有名な日本企業。

この2つの企業がVittelのCMを作ることとなった。ここからが悲劇の始まり。この2社の広告制作に対する態度は天と地ほどの開きがあったのである。
  
S社の広告作りに対する考えは、コンセプトが決まれば、表現については口を出さない。しかし信頼できるクリエーターを希望する。というどちらかといえばスター・クリエーターの能力に100%乗るという考え方。
   
一方、N社のプロダクトマネージャーはオーストラリアから着任したばかり、制作のアイデアから表現細部まで自分がチェックし、承認しないと納得しない、ガチガチの外資系。

全く異なるクライアントからの要求の狭間で、この仕事の最中、私は巨大な石臼に轢き潰されているような自分を感じた。
   
悪いことばかりでなかった。コピーは眞木準さんに依頼。「イキテル?ヴィッテル!」と明快な一行を出してくださった。CMディレクターは中島信也さん。S社のCMをはじめ数々のCMでヒットを飛ばしているスーパースター。
   
ここで問題が起きた。以前私が手がけたVittelのCMがあった。それはありがたいことに好評だった。女性の健康的な美しい動きとVittelのロゴを重ねたものであった。
  
今回、中島さんが出したコンテはそれとは全く別の世界であった。男女2人がVの字を描いて回転している。クールなモノクロームに抑えられた画像。回転は製品のもたらすエネルギーを象徴していた。N社のオーストラリア人のディレクターにとってそのアイデアは理解しがたいものであった。
    
長時間の中島さんの粘り強い説得の時間を経ても、N社の担当は納得しなかったが、撮影が開始された。カメラマンは操上和美さん。その当時のトップクリエーターによってCM仕上がった。

これだけのトップクリエーターが集まって作った注目すべきCMであったが、放映回数は少なくあまり認知もされなかった。
   
その理由は2つの企業の思惑のすれ違いであったか?製品を売りたいが販売力のないのでS社に頼らざるを得ないプライド高いN社、自社がこれから出してゆく水製品の邪魔になるであろう、外資の製品を抑えたいS社。

2社の思惑にせっかくのCMが殺されたのかもしれない。





▲ブレーン2003年9月号に掲載されたもの。ポスター2枚。モデルがコスチュームを着ているものと着ていないもの。
操上さんがペーパープリントにしたもの。今見ても素晴らしいショット。